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享保元(1716)年、冬のことである。
壱岐島に築崎小兵衛という漁師がいて、瀬戸という所に漁に行った帰路、流されてしまい小島に流れついた。
人家もなく心細くなって、かねて信奉する彦山権現を一心に拝んでいると、誰からか食事を与えられているようで、少しも苦しくなかった。
4日目の朝、船のへさきに一羽のタカがいて、小兵衛に「自分は彦山権現の化身だ、ここは筑前の海だと教えているようである。
小兵衛は、喜びいさんで船をこいでいるうちに博多の港についた。しかも、そこで自分を探している息子にもめぐりあい、連れだって壱岐に帰った。壱岐では遭難死したものとして葬式をしているところであったので、一同は抱きあって喜んだ。
その夜、小兵衛は彦山に参詣するようにとの霊夢を見たので、早速彦山に登り、それからはますます権現をあがめたということである。