彦山名僧伝説(その2)


 あと一人の名僧を臥験といい、般若窟で千日の修行の後、その力を試そうと、岩窟の前の切口三尺くらいのサクラの木を左右に縄のように練った。それでも、その木は花や実をつけて茂ったので臥験は木練上人といわれた。
 上人はやがて阿蘇山に登り、そこにある池が光り輝き、清く澄んでいるのを見て、池の主に会いたいと思った。そこで、般若経を一生懸命に唱えていると、まずタカが現れ、更に僧侶・小竜・十一面観音が次々に現れたが、その一つ一つを池の主ではないとしりぞけ、お経を唱え続けた。やがて山は動き池は騒いで、九頭八面の大竜が出現した。九頭にはおのおの三つの目を持っており、火炎をはき、そのはく息は大風のようであった。上人は、竜にのまれると思い、念力をこめ持っている金剛杵を大竜の正面の三つの眼をめがけて打ちこんだ。すると、竜は姿を消し、四方はあまねく晴れわたった。
 上人は、池の主に会う願いを達したと山を下りかかる、にわかに大雨が降って、川は洪水になり、渡れないので山中の道を探した。すると一軒の小屋があり、一人の若い女性がいるので泊めてくれと頼むと、快く承諾した。上人が裸になって濡れた着物をかわかそうとしていると、女性はそれを見て、自分の着物を着せようとした。上人は、行者にとって女性は不浄のものだから、その着物はつけられないとことわった。すると、女性は怒って仏様は慈悲平等の心を教えていて、浄、不浄などをわないといい、上人がことわるのを無理に着せようとした。そうしている間に上人に欲心が起こり、まだ知らない男女の交わりを試そうと女人を押えつけた。女性は抵抗して、まず口を吸えといったが、上人は自分は日夜、口で秘密真言を唱える身だから、それはできないという。しかし、女性はそれでは目的が達せられないというので、しかたなく上人が口を吸ったとたん、舌をかみきられた。上人は気絶してその場に倒れ、女性は大竜になって天に昇った。
 上人が意識をとりもどしてあたりを見ると、女性も家も自分の舌もなく、山中に独り取り残されていた。上人は犯した罪を悔い、不動明王に念じて舌をもとどおりにして下さいと一心に念じていると、一四~五歳くらいの童子が出て来て上人の舌をなでた。すると舌は元どおりになり、心身ともに安らかになった。そのとき空から声があり「御岳に登って実体を拝すべし」という。そこで上人はただちに御岳に登ると、再び空から声があり「眼根に支障があるから本物を見ることが出来ないのだ」という。そこで、上人は印を結びひたすらひたすらざんげの行をしていると現れたのが十一面観音の姿である。上人が望んだ池の主の実体で、仏の慈悲によって人びとの幸せを広めようとする姿である。上人は欣喜雀躍し、礼を言って山を去った。
 また、臥験は脊振山の立験と肥前国千栗の渡しで験くらべをした。二人は南北の両岸に立って渡し舟を自分の所に呼び寄せようとしたので舟は半分に切れてしまった。次ぎに臥験はこの舟を縫い合わせることで験を競おうとしたが、立験はその術を知らない。数万人の人がどうなることかと見ていると、釣合印を結んで舟を引き寄せて縫い合せ、それに乗って川を渡ることができた。
 (この項の1は「彦山縁起」、2は「彦山流記」から取材した。)