平家落人伝説(その2)


 上仏来山の近くに雙洞(窟)という岩窟がある。平家一門が壇の浦で敗れたとき、安徳天皇の一行は彦山に落ちのび、天皇は一二人の官女とともにこの窟にひそんだ。その後、源氏の追求がおさまるのを見はからって、天皇は対馬に移り住んだ。
 一方、窟にはこの地に残った平家落人の子孫が、安徳天皇を祀って木像を奉納した。明治の中ごろまで、窟の中には鳥帽子をかぶったもの、黒髪を垂らしたものなど数多くの女官の木像が残っていた。平家落人の子孫は、これら木像に紅や白粉を塗り、美しく飾りたてて祭りをしていたが、今は草木の中にうずもれているという。
 平家伝説は、町内の他所にもある。「津野」には奥山に太郎丸などの地名があるのは落武者に関係あるだろうとし、平氏にかかわる由来書を紹介している。