平家落人伝説(その1)


 彦山川の野田加茂神社の前あたりにお蝶が淵と呼ばれる深い淵があった。今は道路改修工事でなくなったが、当時の記念碑が立っている
 壇の浦の戦いで平氏が敗れた後のことである。野田の里に二人の品の良い女性が訪れて来た。一人は姫でお蝶といい、一人は乳母のようであり、村人は二人が平家の落人と知り、身を寄せる小さな家を見つけてやった。やがて、二人の家から機織りの音が聞えるようになり、ささやかながら幸せな暮しを送っていた。
 しかしながら、この暮しも長くは続かなかった。落人狩りが来るという知らせが来たのである。乳母は「私はここでとどまって、追手とやりとりして時間をかせぎます。私はここで自害する気持ですが、あなたは若いのですから、その間に逃げてください」という。そういう間に、追手はせまって来た。「早くお逃げくだされ」とせきたてられ、姫は裏山に身をかくしたが、乳母は自害して果てた。
 ひとりになった姫は途方に暮れた。住んでいた家をふり返りながら歩いて、気がついたときは淵のそばに立っていた。姫はもう生きる力がないと、そのまま淵に身を沈めたのである。その後、夜になるとこの淵から、機の織る筬の音が聞えるようになった。村人は、姫と乳母をあわれに思い、淵の名をお蝶が淵と名づけて二人の霊をとむらった。