ゴンザ虫


 英彦山のふもとの村に「ゴンザ虫」と呼ばれる奇妙な虫がいるという。昼間は姿を見せず、夜になると、どこからともなく鳴声をきかせ、その声は金をきしる音のようだ。何でも金のしずくをなめて生きており、姿は人間そっくりだという。
 昔、この村に貧しい一家が住んでいた。どうしたわけか、一家に不幸ばかり続いた。夫婦には三人の子供がいたが、母は末っ子を生んだあと産後の肥立ちが悪く死んでしまった。父も心労から床に伏す身となった。長兄の源吉は、親孝行で心やさしい子であった。けれども、貯えの全くない一家を支えるには
、わずか八、九歳では親戚を頼るしかなかった。そこで隣村の権三おじをたずねて苦境をうったえた。権三は金持ちであったが強欲で、わずか一〇文の銭を恩きせがましく貸しただけであった。それだけでは、一家は二~三日しかしのげない。源吉はふたたび権三に助けを求めに行ったが「人に貸すようないらない金はない」と、権三の返事は冷たくそっけなかった。
 しかたなく源吉は、泣く泣く帰ってくるときに、ふいと一人の老人が姿をあらわした。その手に粗末な下駄を一足持ち、源吉に「この下駄をお前に授けよう、望みごとがあれば、これをはいて転ぶがよい、転ぶたびに小判が一枚ずつ出る。しかし、望みが人のためならよいが、自分のためならば転ぶたびに体が小さくなることを忘れるでないぞ」といった。源吉は下駄の力をかりて、父のために骨身をおしまず看病したので、父の病は日一日と快方に向かった。
 この話を聞いた権三は、その下駄がほしくてたまらず、源吉の家にやって来て「この前貸した一〇文をそっくりそのまま返してくれ、それがだめならこの下駄をもらって行く」というと、むりやり下駄をつかんで帰ってしまった。
 翌日、源吉は下駄を返してもらおうと、権三の家に出かけた。おじの姿を探すがどこにも見当たらない。しかし、土間にはまばゆいばかりの小判の山があり、そこに小形の見なれない虫が一匹しがみついていた。だれいうとなく、それを「ゴンザ虫」と呼ぶようになった。